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グループの目的 外国から来られた人たちに、「日本に来てよかったな。鶴見に住んでよかったな。」と思ってほしいと、心から願うボランティア・グループです。そして、この鶴見のごく身近な地域で、外国籍区民の方たちと交流して、お互いを理解し合い、仲良く協力し合って生活することを目的として活動している、草の根グループです。 ■日本語教室 活動開始のきっかけ ■日本語教室の立ち上げ 90年代の初め、世の中一般に来日外国人の数が急増しましたが、鶴見区もその例にもれず、街角で沢山の外国人に出合うようになりました。同時に日本語のわからない外国人も多くなりました。 当時、鶴見区には、何の言葉の準備も無く、急に日本に働きに来られた方々に、今日すぐに必要な日本語を、しかも無料で教えて差し上げるところはありませんでした。そこで、91年に出来たばかりの、鶴見区国際交流事業実行委員会では、先ず、そのような外国籍区民の、行政サービスを受ける権利を守ろうと、91年12月から日本語会話の教育をしようということになりました。 委員会の公募に対して、ボランティア約10人が応募しました。この10人のひとたちで、ごく初歩のすぐ日々の生活に役立つ会話を、「金曜日は仕事を早めに終えて、日本語を勉強しましょう」と、毎週1回・金曜日の夜、日本語の会話を教え始めました。1クラス30人以上の生徒さんが集まりました。 一方、外国籍区民に、日本語を教えて、日本語や日本文化を理解し、早く日本の社会にとけ込みなさいというだけでは片手落ちで、私たち日本人も、もっと外国の文化を理解して、お互いに歩み寄ることが必要であるということから、鶴見区の助成を受けて、92年9月に交流会や国際理解講座を行う学級を作り、活動し始めました。 ちなみに、学級名は、遠いお国から、「ようこそ日本へ」という気持ちから、「ようこそ」としました。 そこで、例えば、南米出身の日本語教室の生徒さんに、日本に来た時の感想や、今何に困っているかというようなお話をしていただいたり、JICAその他で、南米にお出でになっていた方々から、南米の国々の様子をお話しいただく会を持ったり、横溝屋敷で蛍狩りをしたり、更には、来日外国人女性の駆込み寺「ミズラの会」を運営しておられる方のお話しを聞いたり、いろいろなことをしました。今から10年程前のことです。 上述の、日本語教室と学級「ようこそ」の二つのグループが発足してから2年が経過した94年4月に、これら二つのグループが合併して、それぞれ国際交流事業実行委員会及び区役所の庇護の下を離れて、独立したボランティア・グループ、「こんにちは」(国際交流の会)として活動することになりました。 つまり、「ようこそ」の次は、「こんにちは」となったわけです。 新しいグループ「こんにちは」を、いろいろな皆さんと一緒に立ち上げるのには、やはり相当の困難がありました。それでも、ようやく94年の4月、資金的には横浜市国際交流協会の助成を受けて、「こんにちは」を発足させることが出来ました。 この会を今後ますます成長させるためには、いろいろな考えをお持ちの方々に、大勢参加していただき、所謂新陳代謝を活発にして、出来るだけ会の活動を活性化することが大切だと思います。そのために、ホーム・ページ、その他による広報を盛んにしてゆきたいと思います。 また、これはなかなか大変なことですが、是非実現したいと思うことがございます。区内には、約6,800人の外国籍区民が住んでおられます。その出身国はいろいろです。中国、南北朝鮮出身など、長くこの地に住んでおられる方々とは違って、未だお互いに助け合う組織をもたない外国籍区民の方々が大勢おいでです。そのようななか、母語や文化を同じくする人同士が集まって、早く日本に来た人、新しく来た人がひとつにまとまって、自分達の互助組織を作られるのをお手伝い出来ればとよいがと願っております。特に、地震など、大きな災害で世の中がパニック状態になったときは、このような組織が大いに役立つものと思います。 |
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